研究代表者 松山正春 岡山産業保健総合支援センター
研究分担者 岸本卓巳 岡山産業保健総合支援センター
西出忠司 岡山産業保健総合支援センター
横溝浩 岡山産業保健総合支援センター
高尾総司 岡山産業保健総合支援センター
島村明 岡山産業保健総合支援センター
作成:岡山産業保健総合支援センター(令和4年3月)
目的
溶接の際に発するヒュームについては2019年にIARCが人に発癌性のあるGroupⅠとした他、溶接ヒューム中に含まれるマンガン吸入によるパーキンソン症候群様の運動機能障害が発症する。そのため厚生労働省は2021年4月に特定化学物質(管理第2類)に指定した。
現在、溶接作業を行っている作業者における粉じん及びマンガンばく露の状況を検討するために、個人ばく露濃度とともに全血中マンガンを測定する。防じんマスクの漏れ率を測定することにより管理濃度0.05mg/㎥を達成しているかどうかについて検討する。さらにマンガン中毒の予兆が無いか精神・神経学的な診察も行う。
対象と方法
対象は溶接作業を週40時間程度行っている3事業所のMAG溶接作業者18名とMIG溶接作業者2名である。これら20名については性別、年齢及び防じんマスクの型を聴取するとともに、個人サンプラーを用いて吸入粉じん、吸入マンガン濃度、着用している防じんマスクの漏れ率及び全血中マンガン濃度を測定した。全血中マンガン濃度についてはコントロールとして溶接作業のない時に8名の採血を行った。
一方、精神・神経学的調査項目としては、問診・視診で表情、運動失調、身体診査として固縮、片足立ちテスト及び突進現象を調査した。
結果
対象者は全例男性で、年齢中央値は44歳であった。吸入性粉じんのばく露濃度は4.36±4.61mg/㎥で、吸入マンガン濃度は0.622±0.645mg/㎥と作業内容及び個人によって大きく異なった。また、通常防じんマスクの漏れ率は26.80±22.78%で、使い捨て不織布マスク使用1例では100%の漏れ率であった。マスクの漏れ率から求めた吸入マンガン濃度は0.185±0.321mg/㎥であった。一方、全血中マンガン濃度は1.38±0.42µg/dL、コントロールでは1.30±0.15µg/dLと有意差はなかった。全血中マンガン濃度に対して吸入マンガン濃度やマスクの漏れ率等による多変量解析を行ったが有意差は認められなかった。精神・神経学的な診察では、異常は認められなかった。
考察
常時溶接作業者20名の吸入粉じん濃度は4.36±4.61mg/㎥であった。防じんマスクの漏れ率は過去の我々の報告と同様、約25%の漏れが認められた。20名の間でも適正な装着をすれば1.10%の漏れであるが、圧着が悪いと81%の漏れがあった。
一方、マスクの漏れ率で換算した吸入マンガン濃度は0.185±0.321mg/㎥と許容濃度の0.2mg/㎥に比較して高く、個人ばく露量が多いことが判った。全血中マンガン濃度は1.38±0.42µg/dLであり、コントロールの1.30±0.15µg/dLと有意差はなかった。文献によれば全血中マンガンの基準値は0.4~1.5µg/dLと報告されている。この基準値を用いれば明らかに高値を示した2.1、2.2µg/dLの2名についてはマスクの漏れ率が81,100%であり、ばく露するマンガンの大半を吸入していたと考えられる。この結果から防じんマスクの適正な使用(選定・着用・管理)をしなければマンガン中毒に至る可能性が示唆された。また、法で定められた要求防護係数以下の防じんマスクを使用している労働者が多く、使用しているマスク着用時の漏れ率を考慮すると要求防護系数を満たしている場合でも、実際には高濃度のマンガンを吸入している可能性が考えられるので、防護系数の高い電動ファン付き防じんマスクの使用が望ましいと言える。
結論
溶接作業者のマンガンばく露濃度は比較的高いため、防じんマスクを適正に装着しなければ中毒症状が発症する可能性が示唆された。
報告書
令和3年度 調査研究報告書「溶接作業におけるマンガンばく露と防じんマスク効率に関する調査研究」[PDF 522KB]
産業保健調査研究発表会のスライドは、労働者健康安全機構のサイトでご覧ください。