1.相談員便り

産業保健としてのアルコール対策の展望(神田秀幸相談員)

本年2月、厚生労働省は国内初となる「健康に配慮した飲酒に関するガイドライン」を公表しました。これは、アルコール健康障害対策基本法に次いで、政府がアルコールとの向き合い方を示した施策として、注目されます。国民への飲酒に関するガイドラインとなるため、当然ながら労働者の皆さんも含まれており、職場でのアルコール対策の参考になると思われます。このガイドラインの目的は、飲酒に伴うリスクに関する知識の普及啓発、国民がアルコール問題への関心と理解を深めること、適切な飲酒量・飲酒行動の判断の一助となることが挙げられています。

このガイドラインの特徴は、「純アルコール量=酒に含まれるアルコールの量」で健康へのリスクを示している点です。これまで日本酒換算が広く使われてきましたが、お酒の種類が多様化してきました。そこで、純アルコール量を単位として使うこととされました。“摂取量(ml)×アルコール濃度(度数/100)×比重0.8”で計算されます。例えば、ビール500ml缶1本に含まれるアルコール量は、500×0.05×0.8=20gです。この計算の普及啓発がアルコール対策の第一歩につながると思われます。また、飲酒量が少ないほど飲酒による健康リスクが少ないという近年の世界的な研究による報告をふまえ、このガイドラインでは飲酒量をできるだけ少なくするように推奨しつつ、純アルコール量と疾患の発症リスクの関連について触れられています。すなわち、いわゆるJカーブ効果、適正飲酒量等これまで述べられてきた概念から、疾病抑制の飲酒範囲は残しつつ、国民全体へ向けてのメッセージは大きく変わるところです。職場でのアルコール対策の中で、“飲酒量をできるだけ少なくする”、“適正飲酒はなく、「健康に配慮した飲酒量」となる”ことをご承知おき頂ければ幸いです。

職場において、飲酒運転や、機械などの誤操作、転倒転落の危険性、職場が行う宴席のあり方など、産業保健においてもアルコール対策に取り組む必要性が高いと考えられます。“酒は百薬の長”、“職場の呑みニケーション”といった考えを容認されにくい時代となりました。体質的にアルコールを分解できない人(一口飲酒して不快症状や急性アルコール中毒になる人)が国民に数%程度みられることも、健康リスクとして考慮すべきと考えます。

アルコールの身体的影響は、肝機能や膵機能を代表として、脂質異常や尿酸値、不整脈、MCVの増加に示される大球性変化などで、変化を早期に把握することができます。さらに、その変化にもとづいて保健指導につなげることは、他のリスクや疾患の対応の流れと同様、産業保健の場面で十分に展開できることと思われます。アルコールに特化した保健指導SNAPPYプログラムも開発されており、産業保健場面での活用の余地が十分にあります。

職場におけるアルコール対策は新たな局面を迎えています。基本的なアルコールの知識、新しいアルコールの考え方、そして体質・健診・保健指導、これらに取り組むことが今後のアルコール対策の方向性と展望できます。

《神田相談員の研修会》
https://okayamas.johas.go.jp/tag/kanda_hideyuki/

「睡眠」について(徳弘雅哉相談員)

三菱自動車の徳弘です。

本日は皆さんも経験したことあるでしょう「睡眠」についてです。私も毎日しています。

2023年12月、厚生労働省から「健康づくりのための睡眠ガイド2023」([1])が発表され、成人では「6時間以上の睡眠時間確保」とともに、「睡眠による休養感が大切」であるとされました。何時間睡眠したかと同時に、朝目覚めたときの(休まった)感覚もまた重要であるということになります。

睡眠不足で体調が悪化することは有名ですが、今や「快眠で健康増進・パフォーマンスアップ」は大きなトレンド、巨大なビジネスにもなっています。「睡眠の質」「睡眠負債」といった言葉もメジャーになり、スリープテックと呼ばれるモニタリングや分析、改善を目的とした道具や機器、アプリなどを目にする機会も増えました。私も毎晩機器を着用し、「眠れない…ああ眠れない…明日の点数下がる…怒られる…」と不眠な日々を過ごしています。まさに本末転倒。

さて、睡眠不足の状態では人間はどうなるのか。認知機能や感情についての研究も進んでいます。国立精神・神経医療研究センターは「十分な睡眠がとれた状態で人助けを行った場合、快感を担う脳の領域が活発になった」と研究発表([2])しています。テレビゲームを使用し、「十分な睡眠がとれた状態で困っている他プレーヤーを助けると、脳の快感領域が特に活発になった」とのこと。逆に、睡眠不足の場合、この領域の活性は低下する様子。

カリフォルニア大学は、慈善寄付のデータを分析、「サマータイム開始日(この日だけ睡眠時間が1時間短くなる)に募金額が約4%低下した。一方、サマータイムを導入していない地域では、変化はなかった([3])」と発表しています。「サマータイム導入日から1週間、団体への寄付が10%減少した」という別の研究もありました。ともに、睡眠不足によって他者を思いやる気持ちが減少したと考察されています。人に優しくできない場合、それは睡眠不足かもしれません。私はそう思い込んで時々失敗しています。

「睡眠不足の状態では、他者の表情から感情を読みとる力も低下する」という研究発表もあります。無表情→幸せそうな表情→とても幸せな表情の段階的な顔写真を見せ、感情を推測する研究ですが、睡眠不足では「幸せそうだ」などと判断するレベルが低下していました。「怒り」「悲しみ」の表情でも同様だったようです([4])。もっとストレートに「睡眠不足は、上司と部下の双方敵意を抱きやすいが、本人たちはそのことに気づいていなかった」という研究もありました([5])。人の気持ちが分かりにくい場合、それは睡眠不足かもしれません。私はそう思い込んでいつも失敗しています。

このように、睡眠不足は精神・身体的不調の原因となるだけでなく、認知機能や感情にまで悪影響を及ぼすことがあるということですね。ぜひ、ご自身の睡眠について、着目いただければと思います。皆様に(私も含めて)良い睡眠が訪れますように。

[1] https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001181265.pdf
[2] https://newswitch.jp/p/10084 (http://labo.sleepmed.jp/publications.html#presentation)
[3] https://journals.plos.org/plosbiology/article?id=10.1371/journal.pbio.3001733
[4] https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/20337191/
[5] https://www.sciencedirect.com/science/article/abs/pii/S0749597815301254

《徳弘相談員の研修会》
https://okayamas.johas.go.jp/tag/tokuhiro_masaya/

2.研修会のご案内

研修会についてはこちら
https://okayamas.johas.go.jp/training/

3.産業医研修会

産業医研修会についてはこちら
https://okayamas.johas.go.jp/tag/ss,sj,sk/

4.労災疾病等医学研究普及サイトのご案内

石綿関連疾患診断技術研修(石綿小体計測講習会)

労働者健康安全機構では呼吸器系の疾患を取り扱う医師等に対して、医学的な判断が困難な石綿関連疾患の診断技術の向上および労災補償制度の周知を図るため、石綿関連疾患の診断方法、石綿ばく露の所見に関する読影方法、労災補償制度の取扱い等についての研修を実施してきました。

その中で、石綿小体計測に関わる人材の育成を主な目的として、臨床検査技師を対象に石綿小体計測講習会を実施しております。石綿による肺がんか否かの労災認定基準の一つとして、肺内の石綿小体の本数がありますが、計測できる施設や人材は限られているのが現状です。

本講習会では、検体の作成方法から石綿小体の測定方法まで、実際に顕微鏡を用いながら学ぶことができる上、少人数体制のため、新規参加者の方でも安心して学べる内容となっています。

今年度は令和6年12月7日(土)に開催いたしますので、下記リンクから詳細をご覧ください。

https://www.research.johas.go.jp/asbestokenshu

「じん肺診断技術研修」について

労働者健康安全機構機構では、じん肺健康診断に従事する医師を対象として、必要な法制度の知識及び専門技術の修得を目的とした「じん肺診断技術研修」を年1回開催しております。この研修では、長年じん肺の研究に従事した複数のじん肺専門医師が講師を務め、研究で得た最新の知見や診断技術等を織り交ぜた講義を行っております。

令和6年度の「じん肺診断技術研修」につきましては、令和7年2月6日(木)~7日(金)の2日間で開催を予定しております。なお、本研修を全て受講しますと、日本医師会認定産業医制度に係る認定単位9.5単位(更新研修1単位、実地研修2.5単位、専門研修6単位)、日本職業・災害医学会が認定する労災補償指導医制度の認定単位2単位(選択単位 業務上疾病の労災補償)が取得できます。詳細は、当機構のホームページに掲載しておりますのでご確認ください。

https://www.research.johas.go.jp/jinpaikenshu


次回の第204号は2024年12月16日に配信予定です。