1.相談員便り

骨格筋は内分泌臓器である(明日徹相談員)

岡山医療専門職大学健康科学部理学療法学科
明日 徹

人体には約400種類の骨格筋があると言われており、骨格筋は基本的に関節をまたぐように配置されている。つまり、人体の動きは、この骨格筋によって司っている。

運動を行うと血中の様々なサイトカインが増加することが研究によって証明され、特にインターロイキンー6(IL-6)は最も多量に血中に動員されると言われている。Pedersenらは2005年に運動の際に収縮する骨格筋からIL-6が産生・分泌され、炎症性サイトカインであるTumor Necrosis Factor(TNF)-αが上昇することなく、血中に動員されることを証明し、骨格筋が内分泌器官としての役割を持つことを初めて示した。その代表がマイオカインといわれている。その後、多くの研究者がマイオカインについて研究し、結論として、筋肉を収縮させる運動は、身体にとって非常に有益な効果を生むということを報告している。図はその効果の一部を示したものであるが、筋収縮を伴う運動によって、マイオカインが血中に放出され、全身の様々な臓器に作用し、骨粗鬆症抑制、腫瘍抑制、GLP-1(グルカゴン様ペプチド-1;血糖値の上昇を抑える)の産生、脳の海馬へBrain Derived Neurotrophic Factor(BDNF)発現促進による認知機能の改善、脂肪・糖代謝改善、褐色脂肪細胞化して熱産生亢進を促す抗メタボリック症候群効果、その他身体に有益な効果を及ぼすと言われている。

汗をかくような運動を行うと、脳内麻薬(痛みどめ)の内因性オピオイド増加により,鎮静,鎮痛,多幸感(ストレス解消)の効果を呈すると言われている。また、慢性腰痛の自発痛は内側前頭前野(情動:感情の起伏)と相関しており、運動は情動をコントロールしやすくする、あるいは運動はドーパミンシステム(衝動的な行動)をコントロールしやすくなると言われ、脳内神経伝達物質が正常化すると言われている。

昨今、高年齢労働者による業務中の行動災害が増えている。加齢により身体機能は確実に低下していくが、筋収縮を伴う運動を持続することにより、身体機能の低下は予防することは可能である。できれば若いうちから運動を継続して、身体機能を維持して健康寿命を延伸しつつ、健康で働き続けることができる身体作りに留意していくことが重要である。そのために、国民全体に運動、特に骨格筋の収縮を伴う運動の継続を啓発していくことが我々理学療法士にとって重要な使命といえる。病院や施設のリハビリテーションのみでなく、保健領域における活動においても理学療法士の知識・技術が十分生かせると自負しております。業務中の行動災害を予防するためにどのような運動を行ったらよいか、我々理学療法士に遠慮なくお尋ね下さい。ただし、運動には薬物療法などのように即効性があるとはいえず、継続性が重要であることをご理解ください。

《明日相談員の研修会》
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職場の健康診断を取り巻く環境について(難波靖治相談員)

9月は「職場の健康診断実施強化月間」でした。ということもあり、今回は職場の健康診断について書いてみたいと思います。

職場の定期健康診断は法令に基づき労働者に対して行う健康診断です(回数や内容は業務内容により異なります)。職場の健康診断では以下のことを行う必要があります:

  1. 健康診断の結果の記録
  2. 健康診断の結果について医師からの意見聴取
  3. 健康診断実施後の措置
  4. 健康診断の結果の労働者への通知
  5. 健康診断結果に基づく保健指導(努力義務)
  6. 健康診断結果の所轄労働基準監督署長への報告

しかし、令和4年の労働安全衛生調査によると、労働者100名を超える事業所では健診の実施率が95%を超えるものの、労働者30~49名の事業所では95%未満、10~29名の事業所では90%未満となっています。さらに、健診後の医師からの意見聴取を行っている事業所は、労働者50~99名の事業所でも50%程度、労働者50名以下の事業所では40%程度にとどまっています。労働者50名以下の事業所では産業医の選任義務がないため、医師の意見聴取が行われていないのは理解できますが、産業医が選任されているはずの労働者50~99名の事業所でも意見聴取が行われていないことには驚きました。

私は約4年前に企業の専属産業医となり、同時に地域産業保健センターで登録産業医として小規模事業所の健診後の事後措置などを手伝ってきました。この中で多くの小規模事業所の健診担当者と話す機会がありました。多くの事業所では健診は行っているものの、「健診機関での精密検査項目の医療機関への受診勧奨は行っていない」、「受診勧奨をしても従業員が受診してくれない」、「会社の定期健診をなかなか受けてくれず、結果が揃わない」などの声をよく聞きます。

どうすれば従業員がスムーズに健診を受け、精密検査を受診するのか?このような問題が起こる原因は様々です:

• 会社の定期健康診断の意味が理解されていない
• 強制的に仕事の時間を奪われているように感じる
• 精密検査に病院に行っても、長時間待たされる上に治療(投薬)の必要がないと言われる
• 治療や検査費がもったいない

健診で精密検査に来る人はほとんど無症状で、なぜ病院に行かないといけないかを理解していないことが多いです。病院で外来していると「なんで病院に来たの?」と思ってしまうこともありました。当然、扱いも良くはないですよね。一方、健診で受診しろと言われて来ているのに、医師に「なんで病院に来たの?」と言われたら嫌ですよね。ましてや自分のお金を払って。

健診で精密検査となる項目の多くは生活習慣病で、すぐに健康に問題が出るわけではなく、放置すると将来的に成人病発症のリスクが高くなるものがほとんどです。産業医としては、精密検査で受診した人に投薬の必要がないにしても生活習慣の改善を指導したり、放置した場合のリスクを話してほしいと思います(それは産業医がやれと言われる事承知の上、書いてます)。しかし、会社で白衣を着ることもなく、同じフロアで働いている医者らしき人の言うことと、病院で白衣を着ている人の言うこと、どちらが受け入れやすいでしょうか?おそらくほとんどの人は後者ではないかと思います。

この問題の解決策として、臨床医と産業医がもっと対話をし、産業医は会社の健診で受診した人にどのように指導してほしいかを伝え、臨床医もどの程度の異常なら受診が必要なのかを伝え、お互いのコンセンサスを形成することが必要ではないかと考えます。そうすることで、「せっかく時間とお金をかけて再検査に来たのに何もされず返されたので、もう健診の精密検査なんか行かない」という人は少し減るのではないかと思います。

もちろんこれだけで問題解決するとは思いません。産業医が事業場で健康リテラシー向上のためにやらなくてはいけないことはもっと多くあると思う今日この頃です。

《難波相談員の研修会》
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2.研修会のご案内

研修会についてはこちら
https://okayamas.johas.go.jp/training/

3.産業医研修会

産業医研修会についてはこちら
https://okayamas.johas.go.jp/tag/ss,sj,sk/

4.『産業保健21』第118号が発行されました

特集:産業保健におけるICTの活用

  • インタビュー産業医にきく:産業医は実務のプロ ビジネスにフィットした活動を
  • 判例:非違行為が遷延性抑うつ反応発病以降になされたことなどを考慮し、上司への誹謗中傷・業務拒否等を理由とした降格処分が無効と判断された事案(セントラルインターナショナル事件)
  • 長時間労働対策のヒント:労働時間削減と働き方改革で『働きやすさを実現』
  • 研究紹介:粉体を取り扱う産業現場の静電気対策

など

ダウンロードはこちら(無料)
https://okayamas.johas.go.jp/21-118/

情報誌『産業保健21』は、産業医をはじめ、保健師・看護師、労務担当者等の労働者の健康確保に携わっている皆様方に、産業保健情報を提供することを目的として、独立行政法人 労働者健康安全機構が発行しています。


次回の第203号は2024年11月15日に配信予定です。